林泉寺は焼津インター近くにある明るいお寺です。
永代供養、動物供養のことなどご相談ください。坐禅や写経も行っておりますので気軽にご参加ください。
寺子屋ではたくさんの子供達がお寺を親しんでくれています。

6月の掲示板・「平等」


6月の掲示板・平等

「平等」

誰もが「平等」に、自由自在に生きられる

私たちが日常使っている言葉には、禅語から生まれたものがたくさんあります。
「平等」もその一つです。
 現在、「平等」は“みな同じ条件や立場であること”を意味します。
しかし本来は、“才能や能力、じぶんらしさを一人一人が思う存分発揮すること”をさす言葉なのです。
 そこには、どんな判断も比較もありません。
誰もが「平等」なのですから、考え方も生き方も人それぞれ違っていい。
何のこだわりもなく、自分の思うまま生きていけば、それでいいのです。
 ところが私たちは、つい人と自分を比べてしまいます。
 そして、自分は人より「いい、悪い」「できる、できない」『上だ、下だ」。
などと判断しては喜んだり、怒ったり、落ち込んだりしています。
 例えば、会社の同期が自分より早く出世したら「負けた」とがっかりし、
今流行のSNSで友人の楽しそうな写真や知人の活躍ぶりを見ては、
置いてけぼりを食ったような気持ちになる。
そんなことはありませんか?
 それは、「二元論」で物事を考えているからです。
 善悪、好悪、左右、美醜・・・。
ふたつの対立した概念で物事を考えることを、二元論と言います。
 この二元論にとらわれている限り、心が休まることはありません。
いつまでも「隣の芝生」を気にして、ため息をついていなければなりません。
 隣の芝生はいつでも青いし、いつまでも青いのです。
 禅では、二元論から解き放たれ、自由に生きることを教えます。
 ものごとのよし悪しを判断せず、運命に任せきって生きる。
現前のことだけに心を向け、むやみにりきんだり、へりくだったりすることなくただ一途に行動する。
これが禅が教える生き方です。
 誰もが「平等」に、そんな生き方が出来るのです。